【真理の羅針盤 第1章】あなたが苦しむ本当の原因
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級焼肉を食べた後は
仕事の疲れも忘れてニコッと笑みが溢れる。

僕たちが生きていく上で
食べ物を欠かせないものである。

食べ物を食べなくなれば肉体は死んでしまう。

しかし、僕たち人間は
肉体だけでできているのではない。

僕たちは、
肉体(体)精神(心)とでできている。

肉体(体)に食べ物が必要なように
精神(心)にも食べる物が必要だ。

さて、あなたの心は何を食べているだろう。

心の食べ物は
ステーキとか天ぷらとかデザートとかではない。

心の食べ物は2つしかない。

それが

①人間の言葉
②神の言葉

人間は言葉によって創られている。

イメージしてほしい。

幼少期から両親が愛を注いで
愛、調和、恵み、豊か、平和な言葉をかけられて
育った子供はどのように育つだろう?

愛に溢れ心が真っ直ぐで
素直で柔和な子供が育つに違いない。

しかし、幼少期から両親の愛を受けずに
罵倒、皮肉、妬み、怒り、憎悪の言葉をかけられて
育った子供はどのように育つだろう?

心に傷を負い、被害者意識を持ち
人を信じれない子供が育つに違いない。

現在、世の中には
心の問題が蔓延している。

それはあなたも他人事ではない。

鬱患者はこの15年間で2倍に推移し自殺者は後を絶たない。

異常な現実に
僕たちはずっと目を逸らし続けている。

あなたが苦しい理由
あなたが死にたくなる理由
あなたのやる気がでない理由
あなたが希望を持てない理由
あなたに価値があると思えない理由

すべては心の問題なのである。

声を大にして言いたい。

このまま尊い命を見捨ててはいけない。

あなたが苦しみから脱却するためには
心の食物を変えるしか無いのだ。

神の言葉は食べれますか?

“わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。
イザヤ書 43章4節

この言葉を聞いてどう思うだろうか?

今の僕はこの言葉を聞くだけで涙が出そうになる。

しかし、半年前くらいに
この言葉を聞いても

「あ、そうなんや」
「愛してくれてるんや」

としか思わなかった。

これは神の言葉である。

この神の言葉を食べれるようになると
この言葉が頭ではなく心で理解できるようになる。

しかし、僕たちの思考では
「愛してるって言われても…」という反発する声が出てくる。

この症状は、神の言葉が食べれていない状態である。

故に、人間の言葉を食べているということだ。

聖書には神の言葉が並べられている。

多くの人は聖書を知っているが
聖書を読めない、読もうとしない理由はココにある。

残念ながら、
聖書を読みたくても読めないのである。

なぜなら、神の言葉が堅すぎて
人間の言葉しか飲み込めないからだ。

スピリチュアルの人に聖書を差し出すと嫌な顔をされる。

なぜなら、
聖書とスピリチュアルの内容は真逆だからだ。

心が読もうとしても肉が邪魔をしてしまう。

聖書を読み始めた頃はとても苦しんだ。

なぜなら、聖書を読み続ける毎に
自分の都合の良い生き方をしてきたのだと痛感させられるからだ。

“私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。”
コリント人への手紙 第一 32

人間の言葉は美味しいですか?

あなたの苦しみの原因は
ただひとつで心が人間の言葉を食べ続けているからだ。

では、人間の言葉とは何なのか?

“また、いばらの中に蒔かれるとは、みことばを聞くが、この世の心づかいと富の惑わしとがみことばをふさぐため、実を結ばない人のことです。”
マタイの福音書 13章22節

人間の言葉とは

①世の心づかい
②富の惑わし

のことである。

あなたはしんどいのに
なぜそこまで仕事をしているのか?

あなたは苦しいのに
なぜそこまで我慢し続けているのか?

あなたは嫌なのに
なぜ平気を装って作り笑顔を作るのか?

これは
①世の心づかい②富の惑わしの中で生きているからだ。

①この世の心づかい

世の心づかいとは
「他人の評価によって生きる」ということだ。

僕たち人間は自分に価値が無いと思うと死にたくなる。

価値が無いものに存在する理由が見つからないから。

だから、多くの人は
人の役に立とうとする。

人の笑顔のために頑張ったりする。

それ自体は素晴らしいことだが
その奥にある動機が歪んでいるのだ。

その動機とは
「愛されたい」である。

あなたは、嫌われたくない(愛されたい)から
職場で平然を装いながら笑顔を振りまいている。

あなたは、仕事を辞めたら
他人の評価が下がるから(愛されたい)から
無理をしてでも頑張ろうとする。

その奥にあるのは「愛されたい」である。

この「愛されたい」が
この世の心づかいに通じている。

そのため、
愛されるために評価を気にする。

どう思われているかが気になる。

だから、本当の自分を出せずに苦しいのである。

その「愛されたい」
私は「愛されていない」という言葉を肯定する。

その「愛されていない」
「自分には価値がない」という裏付けなのである。

「愛されたい」と思うことは「愛されていない」
「愛されていない」と思うことは「自分には価値がない」

②富の惑わし

富の惑わしとは
「お金が無ければ生きていけない」という思考に陥ることだ。

「何のために働いているの?」と聞くと99%の人が

お金のため
子供を養うため
家族を養うため
老後のため

と答える。

コレ自体が悪いのではなく
とても立派なことだと思う。

しかし、1%の豊かな人に聞くと

喜びのため

と答える。

富の惑わしの中で生きている人の心の奥底には
「生きたい」という思いが潜んでいる。

簡単に言えば死にたくない。

「お金が無いと死んでしまう。」

それだけではなく、
お金があることによって自分の価値を保とうとする。

資本主義経済では目に見えるものでステータスは武器になる。(らしい)

自分自身の価値を認められないために
目に見えるステータスによって自分自身を繕うのである。

そのためには
お金が一番手っ取り早い。

少し考えてみて欲しい。

あなたは

①世の心づかい
②富の惑わし

このどちらかに
心を奪われていないだろうか?

うわべで生きる偽善者たち

この世はうわべでの付き合いで満ちている。

心を開いて生きている人は少ない。

なぜなら、みんな人間の言葉を食べ続け生きているからだ。

人間の言葉はこういう。

「お金が無かったら生きていけないぞ!」
「しっかり働かないと認められないぞ!」
「早く結婚しないと一人になってしまうぞ!」
「やりたいことでは生きていけないぞ!」

そうこの世は
あなたの存在に価値があるとは言ってくれない。

何かの成果を残して
何かの実績を残して
何かを成し遂げたら価値があるのだと言っている。

仕事でも、あなたの行いを評価するだけで
あなた自身を評価することはない。

恋愛でも、何をしてくれたかが重要であって
お互いがお互いの価値を認め合うことはしない。

子育ても、自分の子供がどれだけ良いことをしたかだけで
その子自身の価値を認めようとはしない。

本当にそうだろうか?

自殺者を無くす
鬱を無くす
離職者を無くす

色々やってるけど
そもそも生きる土台、考える土台を変えなければいけない。

じゃあ、僕らができることは2つしかない。

①人間の言葉に応えるために結果を残す人生を歩む
②人間の言葉を食べるのを辞め、神の言葉を食べるようにする

そもそも、多くの人がこの選択肢すら知らない。
だから、鬱になったり自殺したりする。

身の回りにいたら教えてあげて欲しい。

さて、あなたはどちらの道を選ぶだろうか?

多くの人は
①から②へ行きたいと思っている。

しかし、そうはさせてくれない。

なぜなら
目の前には来月の支払いがあるから。

なぜなら
とは言っても仕事にはいかなければいけないから。

多くの人は頭では分かっている。

「あなたには価値がある」

とどれだけ聞いたことだろう?

自己啓発で聞いたじゃないか。
スピリチュアルで聞いたじゃないか。
本で読んだじゃないか。

しかし、そう思えないのだ。

気分のいい時は思えても
気分が下がった時にはそう思えないのである。

どのように生きるべきか

“恐れるな。わたしはあなたとともにいる。
たじろぐな。わたしがあなたの神だから。
わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。”
イザヤ書 41章10節

神の言葉を食べれるようになるべきだと思う。

神の言葉は生きていて
僕たちの心を癒やし強めてくれる。

世の中の評価で生きていく人生はしんどすぎる。

そりゃ苦しいし
鬱にもなるだろうし
死にたくもなるはず。

「自分には価値がある。」

「自分で生まれてきてよかった。」

これが心の底から言えるようになれば
あなたの人生は成功だし喜びに満ち溢れる。

そのために
本を読んだりセミナーにいったり
セッションを受けたりしているよね?

それらに時間とお金を掛けて
ちょっとは良くなっても
心の底から

「わたし変わった!」
「本当に自分として生まれてきてよかった!」

と言えるだろうか?

また、なぜYouTubeで心休まる情報を探しているのか?
また、なぜ他のセミナーを探しているのか?
また、なぜ色んなブログを読んでいるのか?

①人間の言葉から②神の言葉に変えない限り
根本の問題は変わらないのである。

ちょっとキツい言い方かも知れないけど
本当にそうなんです。

この前、自分のファミリーにこんな言葉があった。
(僕にはもうクライアントはいません。)

「昨日、本当に自分で生まれてきてよかったって思えたんです。」

素晴らしいですね。

何が言いたいかというと
どれだけ学んでもどれだけ勉強しても
辿り着けないものがあるんです。

それが

「自分には価値がある」

「生まれてきてよかった」

ということ。

これは知識ではなく
「本当にわたしには価値がある」
体感するしかないのです。

しかし、人間の言葉を食べ続けていると
それを感じることはできない。

じゃあ、神の言葉を食べれば良いのか?

しかし、神の言葉を食べようとするけど
人間の言葉に引っ張られてしまう。

では、どうしたらいいのか?

それを次回の記事で解説していきます。
(全部で3章くらいを考えています)

“あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。”
ペテロの手紙 第一 57