【驚愕】四次元パーラー あんでるせんで起きた悲劇

凡な毎日を過ごしていると
心が震えるような非日常的な体験を求めるのが人間である。

ある日、閑散とした一人暮らしの狭い部屋で
人をダメにするソファー、yogibo(ヨギボー)に腰掛け
人間としてダメになっていた時のことである。

ふと、

「感じたことの体験がしたい!」

布団の中でオネショをするような
淡く恥ずかしく、そして忘れられない
衝撃的な体験をしたい!と衝動的に感じたのだ。

それと同時に
長崎県にすごい超能力者がいるという過去の噂を思い出し
脳の海馬から短期記憶を引き出した。

「あんで・・」

こんな時は文明の利器だ。

Google先生に問う。

「長崎県 超能力」 ぽち!

Google先生をなめてはいけない。

モノの1秒足らずで
何万もの情報を引っ張り出してくる。

「四次元パーラー あんでるせん」

これだ!!

この直観と共に
気づけば、テレフォンを耳に当て
予約の電話をしていた。

「プルルル♪プルルル♪」

予約がいっぱいで繋がらないと聞いたため
無理だよな〜と思った矢先に、

「ガチャ!はい〜」

確実に70歳は余裕で超える
全盛期を越えた老婆の声が鳴り響く。

弱々しい声の奥に
味気の無い厚みを感じる。

「あ、あ、予約がしたくて電話したのですが・・・」

「いつですか?」

「いつ空いてますか?」

「いつか言ってくれないとわかりません。」

「あ、そうですよね、
えっと、、、2月14日はどうですか?」

(さすがにこんなカンタンに予約は取れないだろう)

「はい、いけますよ。何人ですか?」

(いや、予約無理です。的なくだりは無いのかい!)

「あ、二人です。」

「お名前は?」

「安田拓真です。」

「どちらからおいで?」

「大阪です。」

「大阪ですね、大阪でしたら12時に
入ってもらったら大丈夫だから気をつけてくださいね。」

プープープー・・・

そう、四次元パーラー あんでるせんは
意外にすぐに予約が取れるのである。

そう、お呼ばれした人だけがいけると思っているでしょ?

電話した人ならいけるんです。笑

こんなくだりがありまして
”四次元パーラー あんでるせん”に行くことになりました。

この記事では
僕が長崎県の超能力者がいると噂の
四次元パーラー あんでるせんで体験した体験談を書いていきます。

実は、このブログを書く前は

「あんでるせんはスゴい!」

「本当に行ったほうがいい!」

「超能力者だった!」

的な読者を盛り上げる記事を書きたかったのですが
実は、ちょっとガッカリしたことがありまして。

それは最後まで読んでもらってのお楽しみなのですが、
これから先を読みすすめる人にお願いがあります。

これから先はネタバレを含みます。

純粋な気持ちで
あんでるせんに行きたい方は読み進めないでください。

そして、これから書く内容は
僕が受け取った感想と学びを赤裸々に書いていきます。

そのため不適切な表現も含まれる場合があるかも知れませんので
読みすすめる方はお気をつけください。

それでは読みすすめる方は
心して最後まで読んでくださいね。

ま、後悔はさせません。

必ずあんでるせんに行きたくなりますから。

ほろ苦く淡い香りが漂う 四次元パーラー あんでるせん

「ここが、あんでるせんだ」

僕は、この日を待ちに待っていた。

それは、小学生の頃、遠足が待ち遠しくて
前日夜も寝ることができず、当日、朝起きれないくらいの衝撃だ。

記念すべき、超能力者との出会いである。

ドキドキと胸の鼓動を高めながら
コツコツと赤い急な階段を登っていく。

そして、ふるい扉を押し店内へ入る。

中は薄暗く年期の入った喫茶店だ。

インスタが時代を旋風する
この令和の時代に
インスタ映えの「イ」の字も感じられない小汚さである。

ここが四次元パーラーでなかったら
二度と来ることないだろう。というくらいのクオリティーである。

店内は5席のカウンターと
訳のわからない木を囲むテーブルに5席
4人テーブルが5つあった。

訳のなからない木を囲むテーブルに案内される。

「ここ座って」

70歳の老婆である。

そう、老婆は
AIのロボットのように見える。
感情がなく棒読みで言葉をしゃべる。
間違えてはいけない、ロボットではない。

11時に入店し
11時20分には店内は満席になった。

予約者ばかりだ。

あんでるせん、実は
お目当てのショーは14時からなのである。

そう、今から14時まで
時間を潰す必要があるのだ。

テーブルには知恵の輪や
暇つぶし道具が置かれている。

しかし、こんなもので暇なんて潰せない。
もっても1時間。

残り2時間は”無の時間”を味わうしか無いのだ。

それであっても
毎日地方からの予約者で大盛況みたいだ。

それだけ
人を惹きつける何かがあるのだろう。

そんなこんなを考えていると
メニュー表を渡される。

予約者はショーの料金は無料だが、
800円以上の注文をする必要がある。

僕は、ビーフカレーを注文した。

入店から約1時間後の12時に
注文した商品が出てくる。

なんだこれは
ESPカード?キニナル。

この日は、売り切れていた。

多分、忙しいから
やっていないのだと思う。笑

食事を終えて
暇を潰しながらようやく14時になった。

ここからが本番である。

集合写真の撮影?3時間地獄の直立不動

待ちに待ったショータイム。

ロボット、、、老婆が
右手の紙を見ながら一人ひとりを配置につけていく。

「あなた、ここね。ここに立てる?」
のらりとした動きでのらりとした言葉で
予約者たちを将棋の駒のように配置していく。

2月14日は総勢24名の方がいた。

一列目にカウンターに6名が座る
その後ろに直立して6名
その後ろに椅子を並べ、その上に板を起きその上に6名
一番後ろに、机の上に座布団と敷き6名。

あなたも覚えのある
集合写真の完成である。

そして、驚きがこの態勢で3時間
休憩なし、屈伸なし、直立不動のショータイム。

早めの予約をオススメする。
でないと、足が棒になってしまいますよ。

さて、氣を取り戻して
お待ちかねのショーが始まった。

厨房から
70前後のマスターが出てきた。

そして、小道具を使って場を馴染ませてから
ショーが始まった。

「手始めに、この指輪を触らずに起こすね」

と言って手の上に指輪を乗せて
その指輪に念を送った。

すると、
「10°、15°、30°、60°」と指輪が立つのだ。

いや、何も振れていないのに
「クララが立った〜」と言わんばかりに指輪が立つのだ。

「いやいや、そんなことはあるまい」

次は、透明なボトルの中に指輪を入れて密閉する。

その指輪に先ほどと同じように
念を送る。

すると、振れていない状態なのに
「クララが立った〜」と言わんばかりに指輪が立つ。

これはマジックではなく
完全に超能力だ。

ショーはまだまだ続く。

お客様が出した1000円札を小さく折って空中に投げる

すると1000円札が完全に宙に浮き、舞う。

そう、目の前で浮いているのだ。
野口英世が待っているのだ。

「こっち〜」と手をかざせば吸い寄せられ
「あっち〜」と言えば離れていく。

自由自在に
野口英世を操っている。

タネも仕掛もない。
糸も磁石も無い。

「いやいやいや、それはないでしょ?」

明らかにすごい。

こんな具合でショーが進んでいく。

開始15分から
完全に心がワシ掴みされた。

このまま、残り2時間半。

どれだけ楽しい時間が待っているのか。
こんな期待で僕の胸はドキドキしていた。

しかし、ここから起こる悲劇
僕はまだ知る由しもなかった。

その悲劇とは
「この人はすべて、超能力を見せてくれる」
という勝手な期待からだった。

タネがわかるという大事件が勃発!

超能力はまだまだ続いた。

それは
人間の人智を越えた圧巻の演出にも関わらず
あまりにもあっさりし過ぎていてびっくりする。

例えば、触らずにモノを持ち上げたりスプーンを曲げたりを
鼻くそほほじくるかのような平凡な顔をして繰り広げる。

また、お客さんから借りた指輪が瞬間移動するのだ。

明らかにマジックではなく超能力。

物理学的に瞬間移動は可能な理論だが
それをいともカンタンにやってのけるのは恐ろしい。
量子力学なのか、物理学なのか。

マスターは
「6ヶ月も訓練したらできるようになるよ!」という。

テーブルに立てた木の置物を触らずに
「ハッ!」と言って倒す。

マスターはいう
「虚像と実像の関係です。」
「実像を見ずに虚像を見ていればカンタンにできますよ」

「原理ではそうだけどこれはできないでしょ?」
というものばかりだった。

誰もがこのまま
長崎の田舎でのワンダーランドなひとときが
永遠に続くと夢見ていた。

が、しかし!
事件は起きた!

明けの明星が輝く頃、
菩提樹の樹の下で事件は起きた。

その事件とは
「マジックのロジックがわかってしまう」
いわゆる「タネ」がわかってしまうということだ。

3時間ぶっ通しでショーのため
本当にたくさんのものを見せてくれる。

開始から30分を経過した時、
ある演出でふと、タネが見えてしまった。

まず、大前提のお話したい。

僕は大阪からはるばる遠い田舎
長崎県に赴いた目的。

それはたった1つ

「超能力を見るため」

その一言に尽きる。

僕はタネが存在するマジックを見に来たわけではないし
僕の頭の中では純度100%の超能力を見るつもりでいた。

しかし、開始30分でマジックに切り替わった。
しかも、そのマジックのタネが見えてしまった。

もちろん、相当マジックも上手いし本当にすごい。

しかし、超能力目当てで来た僕の心は
ガッカリしてしまい落胆ぶりを隠せない。

そこからというもの
すべての演出のタネが宇宙から降ってくる。

「このタネはこれやで」

「このタネもこれやん」

「あのペンが怪しいで」

「普通に卵自体が違うやつやで」

「カウンターの下にモニターが隠されてるんやで」

宇宙からのダウンロードが止まらない。

周りの観客は
「ワーキャーワーキャー!」と黄色い声援を送りながら
大盛り上がりをしている。

僕も精一杯に黄色い声援を出そうとするが
タネがすべて見えてしまい、
黄色い声援は愚か、黒いため息が出てしまう。

そんな僕の気持ちはお構いなしに
次々とエンターテイメントショーが続く。

マスターは
お客様の名前を次々に言い当てられる。

黄色い声援が鳴り響く。

会場は大盛り上がり。

安田はそのタネがわかってしまう。

黒いため息が止まらない。

皮肉にも心が荒んでいく。

マスターは
お客様が紙に書いた絵、言葉を言い当てる。

黄色い声援が木霊(こだま)する。

会場は湧き上がる。

安田はそのタネがわかってしまう。

冷たい涙が頬を濡らす。

心に疑心感が募っていく。

その後は、あまり覚えていない。
覚えているのは3時間たち続けて足が棒になるを通り越して
足がポッキーになったことだ。

14時〜17時まで続いたショーは
名を除いて大盛況で幕を閉じたのだった。

目の前の現実は”すべて完璧”

パッとしない心のモヤモヤを拭えないまま
福岡へと車を走らせた。

その車内での会話である。

「どうやった?あんでるせん」

「どうやったって、まぁ、あんな感じかなって?拓真は?」

「いや、なんやろう、途中から全部タネが分かってもうて純粋に楽しめへんかったんよな。わざわざ長崎まで来てめちゃくちゅ期待してたし超能力を全部見れるって思ってたんやけど8割マジックやったし・・・」

不穏な空気が車内を包み込む。

さて、普通の人生を生きている人なら

「こんなこともあるよ!」

「もう二回目は行かなくていいじゃん!」

で終わります。

しかし、人生とは成長のプロセスであり
すべての出来事に意味があるのが宇宙から見た生き方です。

「そんなにガッカリする?普通にマジックとしても良かったし超能力もスゴかったやん。そこまで落胆する?」

「いや、なんでなんやろ。めちゃ期待してたし、なんやろ〜な〜、なんか・・・」

「逆にさ、なんでこんな現象が起こったと思う?」

「え?この現象?」

「うん、この世って起こることすべては完璧って言うやん。その視点から見たらなんでさ、わざわざ長崎県まできてマジックのタネが分かって落胆してると思う?」

「意味か・・・わからんな・・・」

ガッカリし過ぎて
思考も働かに状態である。

「逆に、なんでそこまでガッカリしてるん?」

「うん、そりゃ、期待してたし、もっと刺激的でどうすることもできひんくらいの感動を感じられると思ってたんやけどな。」

「ってことは、勝手に期待して勝手に落胆してるってことやんな?」

「・・・ま、そうやな。」

「そんなことってよく経験してない?」

振り返ってみると
今までの人生はあらゆるものへ「期待」をして生きてきた。

恋人と付き合っても3ヶ月で飽きてしまうという飽き性っぷり。

仕事、3ヶ月経てば
ある程度はできてしまうから飽きてしまう。

人間関係はずっと一緒にいると
しんどくなってしまって離れたくなる。

すべての物事に勝手に「期待」をして
勝手に「落胆」をしているかも知れないと思った。

「確かにそうかもな・・・」

「他人にそこまで期待しているってことは、自分は期待に応えなければいけないって思ってる訳よね?それだけじゃなくて、期待に応えるために人生を生きてるってことやんね?」

(そこまでズバズバ言う?笑)

「・・・・」

「結局、外の世界に期待してるのって主体的ではなくて、全部の責任を外の世界に押し付けているってことやんな?だから、3時間のショーの中の素晴らしさを見いだせずに、黒の部分、悪い部分ばっかりが目に入ってしまう。

お客様として、「どんなもんを見せてくれんの?」っていう上から目線で物事を受け取ってるってことよね?期待って自分の人生を生きてなくて喜びも感動も幸せも、他人に委ねてるって状態やん」

「ブーーーーーーーーン!!!!」

ズバズバ言われすぎて
高速道路でのスピードを140kmまで上げた。笑

しかし、まさにそうだな。という図星である。

その時に、少し後悔した。

マスターはショーの間に
本質的なお話しをしてくれていた。

「ここに来て、こうして出会うのは宿命です。生まれた瞬間にここに来ることは決まっています。しかし、ここで何を受け取るのかは皆さんの運命で変わってきます。つまらないと思えばそれも正解ですし、楽しいと思えばそれも正解です。目の前の出来事をどう捉えるかが運命なのです。」

あなたが人生の主役

あなたは誰かに期待していませんか?

誰かの人生を生きていませんか?

期待とは
他人の人生を生きることです。

すべての結果を他人に委ねることです。

僕は、あんでるせんで
大切なことを教えていただきました。

それは今までの人生は
他人の期待に応えるために生きてきたこと
他人に過度な期待を求めて生きてきたということ
です。

実は、最近仕事を辞めたいと悩んでいました。

その理由は
組織の中でわかり合えない空気を感じていたから。

だからと言って、自分の想いを話しているのかというと
「言っても無駄だしな」ということで片付けて言わないまま。

外の世界に原因をつくって

「あの人が変わらないから」

「あの人が思いやりがない」

って言い続けたんです。

で、逃げるように
今の組織を辞めようと考えてて・・・
そんな時のあんでるせん。

そこで気づいたのは
ずっと、他人に期待をしてきたこと。

「この人ならわかってくれるはず」という期待を抱き
「なんで僕の気持ちをわかってくれないの」と落胆をして
「もう辞めたい」といって自分と向き合わず逃げようとする。

世間や仲間の期待に応えるために
仕事をしているから認められない結果になると投げ出したくなる。

結局、他人の人生を生きていた。

そんなことに気づかせてくれた
四次元パーラー あんでるせんでした。

あなたはどうでしょうか?

誰かの期待に応えるために生きていませんか?

誰かに期待をして生きていませんか?

あなたの意識が世界を創る

四次元パーラー あんでるせんの3時間のショー。

この3時間で満足して帰った人がいます。

この3時間で不満を抱えて帰った人がいます。

しかし、その3時間のショーは同じ場所で
同じ演出を同じ時間、見ています。

外の世界をすべて同じです。

違うのは
「受け取る側の心」です。
「受け取る側の意識」です。

できない部分ばかりを見て
「あれはダメだ!これはダメだ!」と批判するのか?

それともたった800円という売上で
あそこまでのショーを喜んでもらうために与えられるショーを
心から喜んで受け取るのか?

結局、人生は
どちらに意識を向けるかで大きく変わるのです。

僕たち人間は、同じ地球に生きています。

しかし、人それぞれ
全く違う世界を生きています。

「コロナウイルスだ!」

「東京オリンピックがなくなる!」

「円がこの世から無くなる!」

「人工削減が始まっている!」

「将来が不安だからお金を稼がなければいけない!」

このように
強迫観念の元で生きている人がたくさんいます。

しかし、本質は違いますよ。

わかってください。

あなたの心が現実を創り出しているんですよ?

この世は豊かさでいっぱいです。
愛に溢れています。

豊かさ、愛が見えないのは
あなたの心に愛が無いからです。

あなたの心が豊かでは無いからです。

外の世界は関係ないのです。

外の世界は結果ですし内の世界が原因なのです。

それに人類が気づけば
もう、とっくに豊かな世界になってます。

愛に溢れた世界になってます。

変えるべきは
外側の世界ではありません。

技術が進歩しても
ロボットができても
AIができても
お金がなくなっても
この世は変わりませんよ。

本質的には
僕たち一人ひとりの意識レベルが変わらない限り
この世が豊かになることはないのです

”あんでるせん”の本当の凄さとは?

あんでるせんは
8割:マジック 
2割:超能力
だと僕は感じました。

僕は目に見えない力を日頃から使っているので
感覚が鈍っていますが
世の中的には理解できないことが異常に起こっています。

3時間の構成は
はじめの 1割:超能力
あいだの 8割:マジック
さいごの 1割:超能力 です。

そして、
さいごの超能力が異常です。

お客様の財布から取り出された
1000円札と5円玉を使います。

目の前でですよ?

目の前で、普通に1000円札に5円玉が貫通するのです。

これだけでは終わりません。

100円玉にペンを刺して
真ん中に穴を空けます。

抜くと穴が空いていて
マスターが触ると穴が無くなります。

もう、エグ過ぎます。

マスターが50円玉をかじります。

50円玉が半分になります。

マスターが息を吹きかけると
普通の50円玉に戻っています。

これは、超能力に違いありません。

本当にすごいです。

そして、もっとすごいことは
恐らく、僕にわかるようにタネを見せていたことです。

多分、この氣づきを起こすために
僕の角度からはタネがわかるようにマジックをしていたのだと思います。

嘘か本当かはわかりませんが
感覚的にそのような氣がします。

そして、あんでるせんに帰ってから
現実の思い通り感がスゴすぎるんです。

30年間地方のお客様を喜ばせ続ける演出とおもてなし。

恐らく外側からでは分からない
”何か”があるのだと感じました。

最後に

30年間、今の形でやり続けている
あんでるせんには必ず何かの意味があります。

賛否両論ありますが、一度はご自身の目で
超能力を見て行ってはどうかと思います。

それは、もちろん
超能力が凄いという表向きな理由はありますが
この奥に潜む、裏向きの氣づきです。

おそらく、ここを受け取れる人こそが
現実を変えていける人なのだと感じました。

そして、僕からの注意点は
期待し過ぎないこと。

すべての出来事の結果は
受け取る側の問題です。

外の世界、現実世界は
何かが欠けていようともあるがままで完璧です。

期待という他人任せ、他者依存ではなく
その現象から何を学びとれるのか?

すべては自分が創り出している
こんな素晴らしい氣づきをいただけた
長崎 あんでるせんの旅でした。