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札束40万を握りしめ
ある宗教入信しようとしていた。

僕は高校卒業後、18歳で夢だった消防士になった。

それから6年後。

消防士という仕事にやりがいを見いだせず
自分の好きなように生きたいと思って独立起業をした。

そして、1年間
ひたすらにお金を稼ぐためだけにビジネスをした。

そして、得られたものは
少しばかりの小金と心の中にスッポリ空いた空虚感だった。

それは山に登っているようだった。

世間では
「お金があれば幸せ」
「時間があれば幸せ」という風潮がある。

僕はそれを信じていたし
そうなれば豊かになれると思っていた。

そして、疑わずに山の頂点を目指して登った。

そこで見つけたものは
多少の満足感と永遠に終わることのない「幸せ」という看板が掲げられた途方も無い山道だった。

ひどく落ち込んだ。

挙句の果てには

「何のために生きているのか?」

をずっと考えるようになった。

こんなことを両親や友人に言えば頭のオカシイ奴だ。

そんなある日、
哲学の会という怪しい集まりがあった。

その主催者の人の話はとても面白かった。

「宇宙の起源は…」

「量子力学的に言うと…」

ビクンビクンと知的好奇心がくすぐられた。

そして、
僕は次の日に個別で話を聞きたいとお願いした。

大阪のある喫茶店で待ち合わせだった。

僕は口を開いた。

「今日はお時間いただきありがとうございます。」

優しい笑みを浮かべて返答をしてくれた。

「いえいえ、何でも聞いてね。どんな話が聞きたいの?」

後から聞けば、その人はコーチングをやっていて
僕をお客さんにしようと思っていたみたいだ。

しかし、僕の言葉は異常だった。

「宇宙の真理を教えて下さい」

その人は目が点(゚∀゚)…になった。

「お金稼ぎとか、そういうのはもう良いので宇宙の真理を教えて下さい。」

異常の奴だ。
初対面でこんな話をするなんて。笑

その人はお手上げという状態であった。

しかし、頭の中であらゆることを考えた結果
自分が一番真理に近いと思っている宗教を勧められた。

「40万するけど、本当に行くの?」

2日後、僕は40万を握りしめてある宗教に入信した。

(超やばいよね~。w)

未知の世界を体感した

食べてみないと
美味しいか不味いかはわからないように経験しないと何もわからない。

やっていないのに「辞めとけ!」という
父親のようにはなりたくないという反面教師で
あらゆることに挑戦しようとした若かりし頃。

宗教には抵抗があったけど
経験してみてどうかを考えてみようと思った。

そして、そこで見たものは
今までの25年間の人生ではありえないものだった。

今になれば魔術ということは識別できるけど
その時は、「こんな世界があるんや」と未知の世界を見た。

端的に言うと
人間世界ではありえないことが起こる。

そして、これが救われただと言う。

無知な僕は「ほ〜ほ〜」ってなる。

これはちょっと平たすぎますが
スピリチュアルや目に見えない世界を知らない人が
それを見ると、信じてしまうと思う。

「こんな世界があるんだ。」

世間のことを何も知らない僕からするとちょっと刺激が強すぎた。

僕は信じることも疑うこともなく
「あ、そ〜なんだ」と思いながら
納得できるまで経験しようと思った。

人間は頭で理解できても
心で納得できないとどうすることもできない。

「はい、これで救われました。」と言われても、
「救われたんですね!」とはならない。

真理なのか?真理じゃないのか?
救われたのか?救われていないのか?

その当時の僕の経験と知識ではよくわからなかった。

でも、辞めたら救われないと言われて
居続けるしかなかった。

「宗教の世界ってこうなんなんだ〜」というのと
「こんな世界があるんだ〜」と思った。

しかし、なぜかわからないが感じる違和感

それを信じている人に違和感を感じるし
そもそも「救われた!」なんて到底思えない。

掴みどころのない違和感は何なのだろうか?

どれだけ話を聞いても納得できない自分は
また、外の世界に何かを探し始めた。

自己啓発とスピリチュアルにハマる

「生きる目的」みたいなことを探求すると
宗教やスピリチュアルの世界へたどり着く。

しかし、まだ僕の知的好奇心は収まらなかった。

心理学、量子力学
エネルギー、波動、引き寄せの法則
成功哲学、自己啓発、精神世界、スピリチュアルなどなど

この世がどのように動いていて
どんな意味があるのかをひたすら勉強した。

「自分の生きる目的は?」

「自分の使命は何なのか?」

ずっとこれを探求していた。

始めは、本やセミナーで勉強するところからはじまり
ありとあらゆることをやった。

瞑想で宇宙と繋がってみようとしたり
断食で悟ろうとしたり。笑

エネルギーを使ってご飯の味を変えたり
超能力を身に付けようとしたり。

今思えば、何がしたかったのか?笑

そこで得た情報を
コーチングやカウンセリングで仕事にした。

人の役に立ちたかったら
自分みたいに悩んでいた人の力になりたいと思った。

でも、コーチングだけでは人を幸せにできないと思って
次は、スピリチュアルの能力を身に付けた。

波動やエネルギーを使って
人々を癒やしたり、人々の無意識を変えたり。

「こんなことが起こるのか?」

「これは奇跡だ!」

と思うようなものばかりが起こった。

色んな世界を知って色んな経験をして、
真理に近づいているような勘違いをしていた。

埋まらない心の穴

自分に能力が付いて仕事もできるようになって。

お客様も付いてそれだけでご飯を食べられるようになった。

お客様の悩みが解消されて
喜んでもらえて自分は幸せなはずなのに…

「心にはポッカリと空いた穴がある」

お金を稼いでも
能力を身に付けても
マーケティングを勉強して集客をしても
恋人ができても
お客様に喜んでもらっても
どこか違和感を感じる。

自分がやっていることに
100%納得できないのである。

かと言って、止まってしまえば、
生活もできなくなるし、騙し騙しやるしかなかった。

仕事をしてもなぜか退屈で
それを埋めようとツインレイを求めたり
スピリチュアルの新たな技術を手に入れたり
お酒で紛らわしたり。

幸せなはずなのに、豊かなはずなのに
無いものを求めて何かを探している。

退屈になれば、
WEBで宇宙のこととか調べたり
占いを調べたり、星の流れとか
ツインレイとかハイヤーセルフとか。

心の穴を埋めるために
スピリチュアルを求めていた。

何をやっても満足できず
何が答えかわからず迷っていた。

「本当に自分がやりたいことってコレなの?」

いつもどこか不安で
掴みどころのない違和感を感じながら生きていた。

その答えを提示してくれる人はいない。

スピリチュアルは駆け込み寺なのか?

現実世界に違和感を持ち始めると
世の中がある支配者層に洗脳されていることに気付く。

経済のラットレースから抜け出そうとする。

そこから脱出するために
精神世界やスピリチュアルの世界へ突入する。

スピリチュアルや精神世界で言われていることは
世の中の常識とは乖離するところが多々ある。

初めてスピリチュアルに触れると
あたかも真理かのように聞こえる。

生きやすくなる。

救われた気になる。

例えば、

あなたが今生きづらいのは
過去生で人を殺した罪があるから
それがカルマとして現代に来ているの。

あの人と強く惹かれ合い、結ばれたいと思うのは
過去世からのツインレイで同じ魂だから

人間は原因を知れば救われた気になる。

「今まで悩んでいた原因はそういうことなんだ!」と思うことによって
解放感と納得感により心が安らぎ、救われた気になる。

しかし、スピリチュアルの世界にドンドンとハマっていけば
恋人と喧嘩になれば「魂レベルが合わない」とか
仕事で嫌になったら「これは魂が求めていない」とか。

ドンドンと気が付かない内に
スピリチュアルを自己正当化のツールとして用いるようになる。

すべての出来事をスピ的解釈を用いて
自分にとって耳障りの良いように置き換えて解釈する。

知らない内に経済のラットレースから
精神世界のラットレースに変わっている。

そして、スピリチュアル特有の
俺はスゴいんだぜ!マウントを取るようになる。

人よりも目に見えない世界の知識を持っていると自負したり
人よりも魂レベルが高いと誇ったり
人よりもスピリチュアル能力があると高ぶったり。

残念ながら、それを指摘してくれる人は
気づかない内にいなくなっていった。

スピリチュアルに対する違和感

「ありのままで生きよう!」

「自分らしく生きよう!」

「ワクワクすることだけをやろう!」

本当に耳障りが良くて。

そうやって解放的になればなるほど
現実が良くなっていっているように錯覚をする。

世の中がそのように向かっているから
それがあたかも正しいのだと思ってします。

しかし、まだ健全な良心があればある違和感を感じる。

「本当に自分のやりたいことだけをやってたら良いの?」

「この世のすべての人がやりたいことだけ、心だけに従っていったらこの世の秩序っておかしくならないか?」

「心が思うことに従うって、危なくない?」

「何でもありになって、道徳心や倫理観が無くならない?」

頭では、スピリチュアルを信じてるし
そっちの方が生きやすいとは思っている。

だけど、「本当にそれでいいのか?」と健全な良心はブレーキを掛ける。

「本当にツインレイという言葉を使って今の家庭を手放して、この人と一緒になっていいのだろうか?」

魂レベルという言葉を使って、嫌いな人とは付き合わずに生きていっても良いのだろうか?」

周りはスピリチュアルな人ばかりだから

「自分の心に従いなよ!」

「やりたいようになりなよ!」と言われる。

だけど、自分の理性はそれに納得できない。

学べば学ぶほど
何が正しくて何が間違っているかがわからなくなってくる。

「これは心が求めていることなのか?」

「じゃあ、これを優先したらいいのか?」

「いやいや、それは周りの人を傷つけるだろう」

スピリチュアルを学べば学ぶほど
謎の違和感理性本能の葛藤が生じる。

しかし、それを指摘してくれる指導者はいない。

自称:スピリチュアル指導者は
みんなスピリチュアルにどっぷりだから。

スピリチュアルに共通する3つの考え

ヒーラーやチャネラー占い師など、
スピリチュアルに精通している人が持っている共通認識がある。

職業や歴が違うくても
スピリチュアルを学ぶと共通する3つの考え

①直感を信じなさい

②善悪はない(善悪の統合)

③あなたは神である

ひとつひとつ解説します。

①直感を信じなさい

思考ではなく、インスピレーションに従って生きていきなさい。

バシャールと言った宇宙存在の台頭により、
よりワクワクやインスピレーションを信じる人が増えた。

スピリチュアルでは
直感とワクワクに従うことをオススメされる。

②善悪はない(善悪の統合)

日本でダメなことであっても
中国では常識のことは山程ある。

ということは
良い、悪いというのは視点によって変わるものであって
良い悪いというのはそもそもこの世には無いんだよ。

この世は善悪を統合していくことでワンネスに還っていくと説きます。

③あなたは神である

あなたは神と同等の力を持っていて
すべてを創造することができる創造主です。

だから、不安や恐れを感じる必要はありません。

すべてあなたの思い通りなのです。

不思議なことに
スピリチュアルではこの三原則が基盤となっている。

スピリチュアルと聖書は”真逆”

日本人で聖書を読む人はとても希少だと思う。

僕たちは
「聖書=キリスト教」と勘違いしているので
なかなか手にすることはできません。

とても面白いのは
スピリチュアルで言われていることと
聖書で言われていることは真逆なのです。

聖書で言われていること。

①神さまを信じなさい

②善悪は存在し、人間は過ちを犯すので悔い改めなさい

③あなたは神が創った最高傑作である

一つ一つ解説していきますね。

①神さまを信じなさい

聖書では、直感を信じなさいという言葉は出てきません。

一貫して

「神さまを信じなさい。」

「神さまの御言葉を信じなさい。」

と記されています。

これは直感は神からだけでなく
悪魔から来るという理由を含んでいます。

直感で得たものが
本当に正しいかは聖書を通して確かめなさいと記されています。

②善悪は存在し、人間は過ちを犯すので悔い改めなさい

聖書では、何が善で何が悪かを
明確に言葉で文字で明記されています。

スピリチュアルのように
グレーゾーンはありません。

「姦淫は犯してはならない」
「盗んではならない」など
人間にとって何が善で何が悪なのかが一目瞭然です。

そして、人間は
過ちや罪を犯してしまうため
その罪を認め、悔い改め反省しなさい。と説きます。

スピリチュアルのように
自分の都合に合わせて自己正当化しても良いとは説いていません。

悔いを改めて反省しなさいと説いています。

③あなたは神が創った最高傑作である

神は人間を愛しています。

それは親と子の関係です。
親は子をいつまでも助けたいと思っています。

しかし、人間が神になったらどうでしょうか?

親を必要とせず、自分自身で生きていく。

謙虚さは無くなり
感謝することも無くなる。

スピリチュアルは
神になろうと努力をします。

聖書は神に祈りを捧げ感謝をします。

スピリチュアルの三原則

①直感を信じなさい

②善悪はない(善悪の統合)

③あなたは神である

聖書の三原則

①神さまを信じなさい

②善悪は存在し、人間は過ちを犯すので悔い改めなさい

③あなたは神が創った最高傑作である

さて、真理はひとつなのに
なぜスピリチュアルが言っていることと
聖書が言っていることが矛盾するのでしょうか?

まさにこれが
あなたがスピリチュアルに感じる違和感です。

あなたが違和感を感じているのは
健全な良心が機能している結果です。

スピリチュアルは真理に似せた
巧妙なトリックで成り立っているのです。。

2000年前から真理は用意されていた

これは断言できますが

宗教、スピリチュアル、瞑想やマインドフルネス
インド哲学、クンダリーニヨーガ、松果体覚醒
チャクラ覚醒、ハイヤーセルフと統合 など

これらに真理はありません。

これらは一時的な快楽と高揚感をもたらしてくれる
人間にとっての甘いおやつに過ぎません。

残念ながら、どれだけ上記のものに
時間とお金を掛けて探求しても出口はありません。

チャクラが覚醒しても
また新たな刺激を求めるし

クンダリーニヨガで覚醒をしても
次の日にはまた別の刺激を求めている。

一種の麻薬のようなものです。

「宇宙と繋がった!」

「お金が入ってきた!」

「現実が良くなった!」

といった刺激は得られても
また、時間が経てば新たなものを求めて。

これらに真理はありません。

しかし、とても巧妙に真理っぽく作られているので
いともカンタンに騙されてしまいます。

そんなスピリチュアルにどっぷりとハマっていた僕が
聖書を読んだ時にこの世の99.9%偽りであることがわかりました。

受け入れ難かったですが
僕が学んできたスピリチュアルは偽りであり
真理とは真逆だったということです。

信じてずっとやり続けてきた瞑想も
自分で身に付けたスピリチュアル能力も
松果体を覚醒させて得た直感能力も

残念ながら真理とは程遠い
一時的な快楽を与えてくれる気休めの塗り薬だったということです。

ショックですよね。

聖書という奇跡の書物

聖書は宗教本ではありません。

神により、人間に送られたラブレターです。

そして、スピリチュアルとは違い
聖書には科学的根拠エビデンスがあり
誰も聖書が信憑性に欠ける書物であると証明できません。

2000年前から変わらない書物です。

あなたの心はコロコロと変わりますが
聖書に書かれている言葉は変わりません。

あなたが信じているメンターは
気分で言っていることが変わりますが
聖書に書かれている文字は変わりません。

コロコロ変わる心やムラのある気分や
浮き沈みがある自分の気持ちを軸にしてはいけません。

軸は永遠に変わらないものでなければいけません。

2000年前に書かれた文字は
これからも一生変わることはありません。

僕は今、あなたに語りかけています。

お金稼ぎのためのスピリチュアルにウンザリしませんか?

真理を求める人が彷徨い、人生に迷う姿に嫌気がさしませんか?

学べば学ぶほど落胆で終わり出口がないスピリチュアルに嫌気がさしませんか?

もし、あなたが本当に真理を求めているのなら
聖書を手にとってみてください。

そこに書かれている
神の御言葉を受け取ってみてください。

あなたならわかるはずです。

どこかの宗教に入るのでも
キリスト教に入信するのではありません。

神によって書かれた聖書の言葉を聖書だけで解釈するのです。

誰かの言っていることを信じてはいけません。

真理を得るには人を通してではなく
あなたが直接、神と交わるしかありません。

あなたに託された使命

僕は、真理を探求し
あらゆる誘惑に惑わされ
迷いの中で彷徨い続けました。

宗教に入ってもスピリチュアルを学んでも
納得できなかった違和感が聖書を知ることで
すべてのことが偽りであったことに気が付きました。

僕は、どこかのキリスト教に属したり
どこかの宗教、宗派、新興宗教にも属していません。
(良い経験でしたが。)

聖書を聖書で解釈し
天地万物を創造した創造主を
唯一の神さまとして信じています。

盲目的に霊的世界を信じていませんし
すべて聖書と照らし合わせて科学的根拠のあるものだけを信じています。

そして、僕がブログを立ち上げ
このように発信している理由は
真の霊的指導者を求めているからです。

これから世の中は、未曾有の事態に陥ります。
人類が経験したことのない災害や苦難の時がきます。

どうすることもできなくなった時に
はじめて人は神さまに祈ります。

その時になって
霊的な世界に興味がなかった人
神さまを信じなかった人が
神さまを信じ、救いの道を求めます。

その時に、正しい光の道を示し
本当の救いの道を提示できる指導者。

これこそが真の指導者だと確信しています。

人よりも一歩先に現実世界に違和感を感じ
スピリチュアルにも違和感を感じているあなた

あなたこそ
真理を握って、人を正しい方向へと導いてください。

それがあなたの生まれてきた目的であり神から与えられた使命です。

どうか僕のことを信じず
自分の目で聖書の御言葉を確かめてください。

真理は聖書の言葉の中に隠されています。

そして、本当に必要であれば、
あなたを繋げてくれるはずです。

プロフィール

安田 拓真 YASUDA TAKUMA
1992年8月26日生 乙女座 A型
真理コーチング / WEBマーケティングコンサルタント
Facebook

信念:人生は天への恩返し
スキル:コピーライティング・問題解決・コーチング・WEBシステム構築・透視(人の心が読める) etc…
趣味:聖書を読む、キムチ作り
スポーツ:野球歴12年
メンター:イエス・キリス
一言:すべての主権は人間にはなく神にあります。昔の日本の神さまを第一に祈り続けた文化を蘇らせましょう。